2018-01-01から1年間の記事一覧
待つことは苦行ですな。他の都合に合わせる気になれない。それをわがままと言う。
新幹線で広島に行く(ブリューゲル、旧日銀、日本画、丸木原爆絵)
人間に生まれたことは、それだけで幸せなことなのだろうが、私は植物でもいい、と思ってしまうことは不幸なことなのだろうか。
布団の温もりの中でエッチな気分に耽る。まだ青いなあ。男は時としてせつない生き物だ。
話としては有りなのかもしれないが、好きか嫌いかと問われれば、好きでもないし嫌いでもない。
朝から夕方までがむしゃらに生き、夜には死んだように眠る。わずかな休日には予定がいっぱいで、横やりの予定を差しはさむ余裕がない。
○も直線も書けやしない。老いというものの必然か
玉島でのヤングコンサートの後、 車で井原に行く(片岡球子展)。 戻って、芸文館での展示を見に行く。
幹ちゃんの夫君が一昨日、亡くなったのだろうか。65歳とは。会社経営はどうなるのだろ。今日が葬儀か。たぶん家族葬なのだろう。
また会合に行けなかった。心身ともに体調不良は続く。
講座、コンサート、ギャラリーへと
車で瀬戸内市牛窓町に行く(小林陽介遺作展) 帰りに東区の親戚に寄る。南区の秋山工房は不在らしい。
多くの人にとって出来ることが自分には出来ないときに、普通じゃないと言われる。だがそれは、気に病むほどのことではない。以前は出来ていたことが今では出来ないこともある。それも老化なんだから仕方ない。悔やんでも詮ないことでしょう。
しばらく前から、左耳の入り口あたりにカサついたような違和感が。それほど頻繁に触った覚えはないのだが。
娘の散らかしていた資料を処分しようと片づける。自分の古い書類も片さなくてはならないというのに手がつけられないままだ。
犬に挨拶し、猫に媚び、魚に話しかけ、人には無視をする。煩わしさは世間様。かと言って、人里離れた所で一人だけの自給自足生活はできないし。
左奥歯にしみるような感覚がしてきた。
「普通じゃない」は褒め言葉と思おう。個性を誇れ、違いを喜べ。
効率とか費用対効果とか、結果だけがすべてだとは思えない。 今日は古本市と講演会に出向く。
雨の夜、ライブに行く。誰かに誘ってもらえないと、とても一人では行けない。
自宅前で蟻の巣を発見。コンクリートのすき間にも逞しく。
やはり背中の右の方が痛いようだ。筋肉か神経か内臓か、何かが悪いのだろう。足の爪先が上がりにくくなりつつあるのかもしれない。
演奏が上手いとか下手だとか、出来もしないのに言うものではない。絵が美しいとか下手だとか、描けもしないのに言うものではない。小説が面白いとか面白くないとか、書けもしないのに言うものではない。スピーチは上手いとかこうしたらとか、誰も評価してい…
時折、右手人差し指が痺れたような感覚になるのはなぜだろう。
新幹線で大阪に行く(フォトギャラリー3軒、プーシキン美術館展、リーガロイヤル)
右胸の筋のようなところに違和感があり、または背中の右の方がなんだか痛いような感じがする。
ここでは、時の流れがとても遅い。
車で瀬戸内市邑久町に行く(瀬戸内市民図書館での夢二プロジェクト関連イベント⇒アート解説、人形劇、帯舞)
支援物資担当で。少しずつ日常生活を取り戻しつつあるのか。
相変わらず、あやふやな記憶ばかりで。