遺された物は

歴史は常に勝者によって書きかえられてきた。それまでの歴史は否定され続けてきた。文化財も(今でこそ保存が言われるけれど)壊され続けてきた。今残っているのはほんの偶然に忘れ去られた物ばかりだろう。そこに古の全てがあるわけではないけれど、垣間見させてくれるものがあると信じて見守りたい。

選挙なので

選挙はお祭りではない。遊説はパフォーマンスでしかない。政治が有権者のものになっていない。言いたいことを言っているだけで務まると思っているとしたら大間違いだ。議論で政策が動いていると思うのも勘違いだ。頼まれて投票行為を決めているわけでもあるまいに。人格者に政治を任せればいいというものでもない。民衆の良識が問われている。政治家を民衆が育てなくてどうする。

どんな風に聴く

整った合唱より、鼻歌の方が好ましい。狭苦しい椅子に縛りつけられて聴くのではなく、柔らかなソファーのようなところで聴いていたい。何を聴くかより、どんな風にして聴くかの方が重要なこともあるのではないか。

足腰の衰え

このところとみに足腰の衰えを感じる。そのうちに出歩くのが億劫になるのだろうか。家ではだらけてしまう性根のなさが拍車をかけているのかも。流れる水は腐らないと言うが、止まってしまうことが怖い。何も残せないとしても悔やみはしないが。