こだわり

記念日

毎日が誰かの誕生日で、毎日が誰かの命日。ときどきうれしい日があり、しょっちゅう悲しい日がある。記念日の軽重判断は好きにさせてもらいたい。

美醜の基準はどこに

花を見て美しいと言い、庭を見て美しいと言い、山を見て美しいと言い、顕微鏡を覗いて美しいと言い、夜空を見上げては美しいと言い、数字の配列が美しいと言い、親切な行為を見て美しいと言い、ゲームのプログラムを見て美しいと言い、好きな女性を見て美し…

浮気は止められない

男は浮気をするものです。一人の女で満足できる訳がありません。そりゃー一途な恋というのもあるでしょうけど、きっとどこかで一時の誘惑はあるものですよ。チャンスがあれば肉体関係もありましょう。その本能を誰にも止めることはできない。きっと理性でさ…

動画と静止画では、動画の方が欲情をそそられる。モザイクのあるなしでは、ある方がエロい。真実を明らかにすることが必ずしも常に有益だとは限らない。すべてが見えてしまっては、結局食傷してしまう。見えそうで見えない、着衣にこそエロが満ちている。

毎日調べ事。毎日が勉強の日々。成果を求めず。売れています。好評です。と言われても、良かったね。としか返しようがない。私には要りません。ご苦労様でした。

1円まで計算し使うけれど、小銭を寄付することにやぶさかではない。創作者でいつづけることはできなかったが、支援する立場や評価する側に立ち位置を求めた。

男の愛と女の愛は同じ性質のものではない。男のキスと女のキスはまったく意味が違うもの。誤解してはいけない。自分と同じと思うところから、すれ違いが始まっている。

アフリカのこととか南極だとか言われても興味が湧かない。行ったことも行くだろうこともない。地元の郷土に関することなら、見知った事柄や知った場所につながっていることもあるので、知識欲が刺激される。興味を見出だせないなら、ちっとも頭に入ってこな…

投票行為は、頼まれたからするというものではない。議論し、自分で考えて、決断して行うもののはずだ。その面倒さを避けて、自らの主権行使を怠るべきではない。民主主義の育たない、この日本で生きている限り免れられない現実だ。 選挙の結果は共同責任のは…

命令されたくないから、命令する人にはなりたくなかった。偉そうになりたくはなかったけれど、年を取ると自然に偉そう気に振る舞うことがあった。思いと見てくれは必ずしも一致しないものらしい。

流行りの唄でなくていい。評判の新作でなくていい。評価の定まった古典でなくていい。一筋の光明が視れたらそれでいい。

羨ましいけれど、なりたいとは思わない。金儲けもビジネスの成功も、だからどうしたと言うのだ。

花を育み野菜の世話をする優しい心を持って、心豊かに暮らして行きたいものだ。せめてもの観葉植物を買う。

好い人だとか信頼できるとか、人を見る目などあてにならない。他人のする評判など眉唾物だ。 中身を少しも見ないで題名だけで本を買うなんていい加減なものだ。せめて目次くらい見たらどうですか。 身に付ける物を体に合わせることもなく、実際の色目を見る…

「一年があっという間に過ぎ、時のたつのは早い」と言うけれど、時の経過は早くなったり遅くなったりするものではない。皆同じ条件の下にある。人類の歴史からすれば人の一生なんてほんの一瞬のこと。何をあくせくすることがあろう。充実した日々は速く行き…

一人の時間、一人の空間、しがらみのない関係。それが心地好い。

納得できる日々のためには、どう過ごそうか。アーティストにはなれないけれど、せめて経済的逼迫のない程度に好きなことに耽溺できるといいな。時間に縛られず、欲は少しで、質素にし、多くを持たず、ただ興味の赴くままに。

成功しなかった者の心を、悪に染まり抜けられない者の心を、立ち上がれない敗者の心を、どうしたら救えるのだろうか。うだつのあがらないダメな奴の生きる道は、どこにあると言うのだ。勝った者は良い。満足している者はそれで良い。悩みきれない一般庶民は…

落語は話の内容もさることながら、ライブ感だよなあ。ジャズも曲相もあるけれど、生演奏の迫力だよねえ。どちらも名曲かどうか、話の完成度なんかより、生の名演奏・名話芸さこそが真骨頂だと思います。

もっと野菜を、もっと緑を、もっと陽向を。健康が最終目的なのではなく、健康になって何をしたいのかが問題だ。

女子がタメ口を利くものではない。雅でいてもらいたい。

出来たことと出来なかったこととの積み重ねが、年輪となる。進展がなかったからと言って、後退しているとは言わないで。沈思黙考と言うあり方があるでしょう。

他人と比較しない生き方をし、多くを望まず、シンプルな生活で、余分な物を持たないこととしたい。困難に負けない精神力を持ちたい。

お酒を美味しいと思ったこともなければ、その場が楽しかったこともない。カラオケが楽しかったこともないと思う。好みは人それぞれ。普通は、などない。 冬にはみかんが、夏には桃があれば嬉しいが、なければないでどうとでもなる。

女より男の方が優れているという考えは間違っている。どこかの国とか民族が、他のそれより優れていると主張することも間違っている。民族の誇りは持つべきとしても、だからといって他を疎んじてはならない。どうせ五十歩百歩ですよ。

人は時として、あっという間に死んで行き忘れ去られることもあれば、生き永らえて迷惑をかけ続けることもある。現代医学はなかなか個人の自由には死なせてもらえそうにない。何を残そう、何も残すまい。人の言う幸福に基準を置くまい。 枕は高い方が良いのか…

唄を唄うほどのリズム感も声量もなく、絵を描くほどの描写力もなく、文学を書くほどの文才もなく、演説を語るほどアジることもできない。でも、自分は好きなことをして生きて行く、これからは。誰の評価にも惑わされずに。

お笑い芸とオチャラケは、可笑しさでは似ているけれど、その存在意義はまるで違うものである。一流の芸にはきちんと評価をすべきだ。

腹がへったら食べる、眠くなったら眠る、寂しくなったらラジオをかける、家中が嫌になったら出かける、本を読みたくなったら図書館へ行く、映画を観たくなったらDVDを借りる、ゲームをしたくなったら少しだけする、寒くなったら布団にくるまる、暑くなったら…

しゃべくりはウンザリだ。静かにしていたいだけで、決して不機嫌なわけではないのです。